2007年01月31日

国道14号6

由香
 次はどんなお話ですか。

 そろそろ津田沼街道の話も終わりに近づいてきたようだな。
由香
 まだ鷺沼までは1キロ近くありますよ。

 もともと、JR津田沼駅から鷺沼までは3キロほどの距離しかない。それを8ヶ月近く話してきたんだから、鷺沼の話もかなり出ている。
由香
 市が発行している本には出ていないことを探して、ここまで続けてきたんですから、ご苦労様でした。今後は、更新の回数を減らして、ごゆっくりしてください。

 お言葉に甘えて、これからはゆっくりさせてもらうよ。

posted by 絢 at 06:42| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

国道14号5

由香
 自分の本ではなくて、自分の絵本なんですよ。去年の夏にできたんですよ。

 どこにできたんじゃ。
由香
 タイガーの並びにあるビデオのレンタル店の南側に、細い細い道があるんです。そこを入っていくとあるんです。

 あんな道、地元の人でも気がつかんぞ。
由香
 赤い屋根に緑の壁の丸太小屋だそうですよ。ログハウス屋さんが、手作り絵本セットを開発して、その丸太小屋の作業台で製作すれば、30分でできるそうですよ。

 30分で本ができるわけなかろう。
由香
 中身はあとで自分でゆっくり描きこんでゆけばいいんです。アルバムにしてもいいんです。とにかく絵本の形ができるんです。表紙の絵や、中身はあとで自分で作るんですよ。5年かけて開発したそうですよ。

 アイデア商品じゃな。津田沼に新しいお店ができるのは、よいことじゃ。
由香
 お店の名前は、手作り絵本館、「にゃ〜トピア」といい、4歳から絵本を作れるそうですよ。ホームページもありますから、ぜひご覧になってください。

 わかった。見ておくよ。
posted by 絢 at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

国道14号4


 次はどんなお店を紹介してくれるのかな。
由香
 特徴のあるお店といえば、ベルトリーでしょうか。

 アンポンタンの先の小さい信号から、50メートルほどのところにあるお店じゃな。何のお店じゃ。
由香
 額縁屋さんです。

 公民館へ行くと、絵画や書道のたくさんのサークルが登録されている。各公民館ごとに、たくさんのサークルがある。この人たちが、発表会をいろんなところでやっておる。
由香
 作品を発表するには、額がいりますね、書道なら表装しますね。

 だから、以外と需要は多いんじゃないかな。
由香
 ホームページを見ると、1990年の創業らしいですね。

 若い男性が一人で、製作から販売までやっておられるように見うけられるね。
そう言えば最近、自分の本を製作する本屋さんができたと聞いているが。
posted by 絢 at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月26日

国道14号3


 ここから先は、最近できた店が多いんで、あまり歴史的な話はない。最近の店は、由香ちゃんの方がよく知っているんじゃないかな。
由香
 国道14号、京成津田沼駅入口から東へ行くとすぐに、パン屋さんのアンポンタンが2年くらい前にできましたね。

 アンポンタンという名前もおもしろいが、何か特徴があるのかね。
由香
 アンポンタンとは「夢の架け橋」という意味だそうです。最初、茂原で店を開いたところ、ひっきりなしにお客さんがくる人気店になってしまったため、平成17年の6月に、ここに2号店を開いたんです。
 朝早く行くとパンの詰め合わせが安い値段で買えるというんで、小さい子供がいるお母さん達に大人気だそうですよ。

 詰め合わせには、パンがたくさん入っているのかね。
由香
 この値段で、いろいろな種類のパンが入っているんで、その多さにびっくりしますよ。ファミリーで食べるんならいいですが、一人で食べると太っちゃいそうですよ。

 ほかにおすすめは。
由香
 シュークリームにサンドイッチもおいしいらしいですよ。

 ここは以前は、反対がわにある材木店の所有地だったんだが、いいお店ができてよかった。昭和3年の松井天山の絵図では、小さな小屋程度しか描かれていない。大正6年の津波で流されたところだけに、埋め立てられるまでは、お店など建てる勇気は出なかったろうね。
由香
 このあたりが、津波で流されたなんて、数キロ先まで埋め立てられた今では、信じられませんね。時代は変わるんですね。

 ところで、今日は1月26日、文化財防火デーじゃ。全国各地で、文化財の消防訓練が行われたことじゃろうな。
由香
 数日前に文化財防火デーのお話をお聞きしたばかりですね。
 このあいだ、どこかのカラオケ店で火災がありましたが、消火器の使い方がわからずに、3人もの犠牲者が出ましたね。爺さんは、消火器を使えるんですか。

 馬鹿を言うでない。こう見えても、わしは甲種防火管理者の講習を終了しとるんじゃよ。
由香
 どこで講習を受けたんですか。

 市の消防署で、年2回講習をしておる。誰でも受けられるから、君も受けておいた方がいいぞ。広報に出てるよ。
由香
 私も受けようかしら。

 早いもの順だから、広報に出たらすぐに申し込んだ方がいいぞ。
由香
 そんなにたくさんの市民が、受講するとも思えませんが。

 実は、習志野市民以外でも講習は受けられるんじゃ。わしは、ゆっくり申込んだら、定員オーバーで断られてしもうたことがある。2回目で、やっと受講できたんじゃ。
由香
 消火器の使い方がわからずに、3人も亡くなられたんですから、私も講習を受けておこうと思います。

 申込開始初日に行った方がいいぞ。
posted by 絢 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月25日

国道14号2

由香
 京成津田沼駅入口には、ほかに何か歴史がありますか。

 このあたりが、藤原師経郷の一行が嵐で漂着した場所であることは、以前話したよね。
由香
 去年の11月20日に語っているお話ですね。平安時代の末期に、京都のお公家さん一行が、大風に吹かれて久々田の浜にやってきて、船橋の二宮神社に住みつき、そのまま住人になってしまった伝説ですね。
 まだお聞きでない方は、11月20日をご覧ください。

 大正6年10月1日の大津波の話もあったね。
由香
 舟橋町史にかかれている話でしたね。この交差点にあった、角屋という屋号の家から、鷺沼方面にかけて、国道沿いの南側の家が、ほとんど流失したという実話ですね。去年の7月18日から話されたところですね。8月9日からにも補足の話がありましたね。

 そのあたりを復習していただくと、国道14号、京成津田沼駅入口の歴史と伝説が、だいたいおわかりいただけると思うよ。
 
posted by 絢 at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月24日

国道14号1

由香
 国道14号、京成津田沼駅入口にあったローソンと墓石屋さんはなくなって、今も空家になっています。もっと昔は、何があったのかしら。

 松井天山の絵図をみてごらん。
由香
 絵図によると、このかどには猿田彦神社と久々田公会堂が描かれていますね。こんなところに神社と公会堂があったなんて、想像できませんね。この両方を取り壊して道路を拡張したんですね。

 猿田彦(さるたひこ)大神のたたりじゃろうか。
由香
 猿田彦って、どんな神様なんですか。

 身長7尺というから、2メートル10センチもある妖怪のような顔をした神様だよ。
由香
 何をしたんですか。何の神様なんですか。

 日本書紀では、ニニギノミコトの道案内をしたという。そこから交通安全とか方位除けの神様だといわれている。
由香
 どっちの方角が悪いんですか。

 方位除けとは実際の方角ではなく、一人一人の人がもっている星回りのことなんだ。しかし、わしにはよくわからん。
由香
 厄年とかいうものの仲間ですね。

 よくわからん。
由香
 ここにあった猿田彦神社はどこに移転したんですか。

 たぶん菊田神社だろう。菊田神社の境内には、あちこちから移転されてきた神社の、小さいお社がたくさんあるからね。
由香
 国道14号、京成津田沼駅入口交差点に店を出そうと思う方は、菊田神社で、ここにあった猿田彦神社がどれであるか聞いた上で、毎年お参りした方がよさそうですね。

 そうしたほうが良さそうだね。とにかく周辺のお店は、結構長く続いているのに、この角地の一画だけが駄目なんだ。たたりがあるとしか思えんな。
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2007年01月23日

上総海道21

由香
 人が住んでいる家の瓦と、人が住んでいない寺社の瓦とでは、どんな違いがあるんでしょうか。

 人が住んでいると暖房をする。その熱が屋根に上がってくるから、瓦の下側が温かくなる。その反対がわは、冷気に接し、氷点下になる。
由香
 一枚の瓦の表と裏で、これだけ温度が変わってくると、ふやけてくるでしょうね。

 人が住んでいない寺社の瓦は、こんな大きな温度差は生じないから、何百年ももつんだろうね。一般家庭の瓦は、50年くらいが耐用年数と書かれているよ。これも冬の寒さによる地域差がかなりあると思うよ。
由香
 ときどき、緑色になって、コケが生えたような瓦屋根を見かけますね。

 それは危険だよ。瓦は雨水がしみ込まないように造られている。コケが生えるということは、水分がしみ込んで、植物が生育できる環境になっているから、耐用年数が過ぎているということになるね。たぶん、瓦の下にある野地板にまで、水がしみ込んでいるだろう。板が腐ると、屋根が落ちてくる可能性もあるよ。
由香
 大寒の話はこのくらいにして、わいがや通りを先に進みましょう。

 タイガーから南へ行くと、すぐに国道14号、千葉街道に突き当たるね。ここの信号には、京成津田沼駅入口と書かれている。
由香
 ローソンと墓石屋さんのある交差点といえば、誰でもわかるんですよね。

 ところが今では、両方ともなくなって、空家になってしまっている。たたりがあるのかもしれんな。
由香
 何のたたりですか。
posted by 絢 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

上総海道20

由香
 瓦と寒さとは関係があるんですか。300年とか500年前の瓦を載せている社寺はたくさんあるんじゃあないですか。京都の西本願寺は世界遺産になっていますが、11万枚の瓦のうち4割は、古いものをそのまま使うって聞いていますよ。

 西本願寺は現在改修中で、11万5千枚の瓦を10年もかけて取替えておる。そろそろ瓦は、すべて改修が終わった頃じゃろう。380年前の瓦の4割が、再利用されているんだから、すごいな。工事中の現地を見学してきたが、瓦が半畳くらいの大きさがあるんでびっくりするぞ。こんなでかいものが、11万5千枚も載っかっているんだから、壮大な屋根なんだね。
由香
 逆にいうと、380年で、7万枚の瓦がだめになっているということですね。瓦は、寒さでだめになるんですか。

 奈良の元興寺の瓦は1400年前のものが、今も使われているという。瓦は粘土を焼いて造っているから、焼具合によって製品にばらつきがある。昔は釜で焼いたが、釜の中の置かれた場所によっても、熱の伝わり具合が変わる。
由香
 焼具合が悪いと、どうなるんですか。

 中に粘土の水分が残る。
由香
 水分が残るとなぜいけないんですか。

 冬に凍結する。凍結すると割れる、つまり少しずつひびが入って行く。そのひびに、水がたまるとまた凍結する。
由香
 そうなると完全に割れてしまいますね。

 昔の瓦は、製品の質にばらつきが大きかったので、重なる部分を大きくして、互いに補完するようにしていたんで、屋根に載せる数も多くなってしまったんだよ。
由香
 そうすると、凍結しない地域の方が瓦は長持ちするんですね。

 海に近い地方は冬に、凍結するほど寒くなる回数は少ないが、内陸部に行くほど、その回数が多くなる。津田沼は国道14号が昔の海岸線だったので、瓦の耐用年数は長くなるだろうね。以前、四街道の大工さんから、四街道では瓦は長持ちしないという話を聞いたことがあるが、それだけ夜間の温度が下がるんだろうね。
由香
 寺社には人は住んでいませんが、一般の家は人が住んでいて、暖房をしますね。その影響はありますか。

 多いにあるね。
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2007年01月20日

上総海道19

由香
 大寒ですよというコメントが届いていますよ。大寒にまつわる話題って、何かありますか。

 そんなもの、あるかい。
 そう言えば、もうすぐ1月26日じゃな。
由香
 1月26日って、何の日ですか。

 日本で最も貴重な国宝が消えた日じゃよ。
由香
 何のことだか、ぜんぜんわかりません。日本で最も貴重な国宝ってなんですか。

 このくらいでわかってほしいんだが。1400年続いたものが消えたんじゃ。
由香
 千四百年前というと、奈良時代ですね。法隆寺ですか。

 昭和24年1月26日は、法隆寺金堂の壁画が、模写をしていた人の電気座布団のスイッチの切り忘れで、焼失した日じゃよ。
由香
 千四百年も守りつづけたものを、昭和になって失うなんて、とんでもないことですね。

 翌日、ロンドンタイムスの東京支局長は、日本人は貴重なものの取扱が全く下手でデタラメだと報告したという。当時すでに法隆寺は、欧米でも貴重な文化財として高く評価されていたんだよ。
由香
 国宝が焼失したんじゃ、しょうがないですね。

 それだけじゃあない。翌年、昭和25年の7月には、国宝の金閣寺が21才の学僧に放火され、全焼している。
由香
 2年連続の国宝焼失ですね。文化財防火デーはいつできたんですか。

 2年連続でこんなことがあっても、まだできなかった。文化財防火デーが1月26日に決まったのは、昭和30年じゃよ。
 しかし、その2年後には、東京、谷中天王寺の重要文化財の五重塔が放火焼失している。
由香
 この時代に焼失が相次いだわけですね。大寒の季節は、空気が乾燥し、火災が起こりやすいですから気をつけないといけませんね。
 大寒の話題はこのくらいですか。

 もうひとつあるよ。瓦の話だ。
由香
 瓦と寒さと、どういう関係があるんですか。
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2007年01月19日

上総海道18


 小泉前首相は観光立国ということをよく言われていた。
由香
 外国の人に、日本を見にきてもらおうということでしょう。

 外国人は、日本の何を見たいと思うだろうか。新宿や丸の内の高層ビルを見たいだろうか。
由香
 高層ビルなんて、世界中にありますよ。

 アメリカのアトランタ、ロサンゼルスなどを見ても、新宿の高層ビル街のようで、珍しくないよね。ボストンや、ニューヨークの古めかしい建物の方がよっぽどいいね。
由香
 外国にはない、日本独自の建物が古民家なんですから、外国人もビルや洋風の建物よりも、古民家の方が喜ぶんじゃないでしょうか。

 日本では、明治、大正時代の銀行建築のような洋風建築が、重要文化財にたくさん指定されている。しかし、外国人はそんな洋風建築を見たいと思うだろうか。ヨーロッパ旅行をすると、毎日重々しい石造りの建物ばかり見るんで、気持ちまで重くなってくる。日本に来てまで、石造りの建物を見たいとは思わんだろう。
由香
 観光立国のためには、日本人にとってありふれた伝統的日本民家を増やすことが、外国人に喜ばれる方法ではないんでしょうか。瓦屋根の伝統的な建物が増えることが、観光立国の基礎になるんじゃあないでしょうか。

 だから、築50年以上の民家はどんどん登録文化財にして、保存していくのがいいんじゃあなかろうか。
由香
 今後は、古民家を保存し、維持していく費用を、公的に補助する制度が必要になりますね。

 実は、最近、登録文化財の所有者の団体が各地にできつつある。こうした団体が、文化財を庶民の立場から維持保存していく、重要な活動をしていってくれると思うよ。
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2007年01月17日

上総海道17

由香
 平成16年10月23日に起きた新潟の中越地震は、新幹線がレールから外れたことは有名ですが、古民家が倒壊した話は聞きませんね。

 震源地に近いところにあった国指定の重要文化財の古民家がたいへんな被害に遭っているんだよ。この家の主屋や、蔵の7棟が重文に指定されているんだが、再建するために、何と7億円の費用がかかってしまったんだ。
由香
 7億円なんて、個人で出せる金額ではないでしょう。

 国指定なんで、国、県、市などで9割を負担している。
由香
 それでも、個人で7千万円を負担したんですか。新築した方が安いですよ。

 だから、古い建物を受け継いでいくということは、たいへんに費用がかかることなんだよ。この例は重文に指定されているからまだいいが、登録文化財は個人の資力で、維持保存しなければならないんで、所有者はたいへんなんだよ。
由香
 日本は、ODAなどで外国に多額の援助をしているようですが、日本の古建築が、アメリカ、イギリスに比べ、はるかに少ない数しか保存されていないんですから、国内の文化財所有者に援助の手を差し伸べるべきではないんでしょうか。

 防衛庁が防衛省になったように、文化庁を文化省に格上げして、予算をもっと獲得できる省にならないといけないだろうね。新潟地震では30件の文化財の被害が報告されているが、その修復に多額の費用がかかったんで、それ以後、全国の文化財の所有者の自己負担額が増えるという事態にまでなっているんだよ。
由香
 登録文化財から重要文化財に格上げされるケースはないんですか。

 10年間で6500件が登録文化財になっているが、毎年数件が重文に格上げされている。
由香
 すそ野を広げれば、より貴重なものが見つかるわけですから、やはり登録文化財の数を増やすことが大切ですね。

 それと同時に、登録文化財の所有者に補修費用を軽減する救済策が必要だろうね。
posted by 絢 at 18:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

上総海道16

由香
 登録文化財の制度は、文化財という名誉を与えるといわれましたが、何かもらえるんですか。

 文化庁から、登録文化財の登録証とプレートが与えられる。登録文化財の建物の前に、貼りつけられていることが多いね。
由香
 そういえば、千葉工大のJRの線路がわにある通用門の前に、プレートが掲げられていますね。

 そうだね。千葉工大の通用門は、旧鉄道第二連隊の表門という歴史があり、正確な建築年代は不明だが、大正時代には存在していたことが写真からわかっているんで、登録文化財になっている。そのプレートが掲げられているんだね。
由香
 廣瀬家の家の前にも掲示されているんですか。

 掲示されていない。廣瀬家は、文化財といっても、現在も子孫の方々が居住しておられるんで、非公開なんだ。
由香
 文化財は公開しなければいけないんじゃないんですか。

 重要文化財のように、国、県、市が指定している場合は、指定者が補修費用などの大部分を負担しなければならない。そのかわりに所有者は、何らかの形で一般公開をしなければならないという義務がある。しかし、登録文化財については、文化財という名誉は与えても、補修費用は出さないんで、公開の義務もないんだ。
由香
 登録文化財については、何の費用負担も、国、県、市は負わないんですか。

 工事費については全く出さない。ただし、文化財の建物を、商業的に利用しようとする場合などには、設計料の半額を出してくれることになっている。しかし、古い建物は補修に多額の費用がかかるので、設計料ではあまり足しにならないんだ。
由香
 税金は安くならないんですか。

 固定資産税が少し安くなる。しかし、そもそも古い建物だから、固定資産評価自体がほとんどないんで、安くなっても年間、千円とか二千円という程度なんで、ほとんど意味がない。
由香
 やはり補修費用が高いんですか。

 仮に、茅葺きの民家の場合は、カヤの取替えで、4千万円とか、5千万円の費用がかかる。
由香
 そんなにかかるんなら、瓦に取替えた方が安いでしょう。もっといえば、新築した方が安く上がるんじゃないですか。いまどきは、瓦も使わなくなっていますからね。

 だから、国の援助がなくて、文化財を維持しなければならない登録文化財の所有者の方々はたいへんなんだよ。
 新潟の中越地震で、国指定重要文化財の古民家が倒壊したが、修復にたいへんな費用がかかっているよ。

posted by 絢 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

上総海道15

由香
 ところで、登録文化財廣瀬家の建物の説明は、今までに、あちこちに分かれて説明されてきましたね。

 そうだね。平成18年6月26日に主屋の言い伝え、7月18日から25日にかけては、敷地や倉庫群の話、10月6日からは、室内の話があったね。それらをまとめればひとつの説明書ができるね。
由香
 登録文化財と重要文化財とは違うんですよね。

 日本では、何らかの文化財として保護されている建築物は2万棟にも満たない。ところが、イギリスでは45万棟以上、歴史がわずか四百年しかないアメリカでも5万棟以上が文化財になっている。
由香
 日本は、一番古い建物は1400年前の法隆寺があるんでしょう。それで、2万棟もないなんておかしいですね。アメリカより千年も古い建物があるんですよ。

 そこで日本でも、もっとたくさんの建物を文化財にするために、重要文化財とは異なる制度を作ったんだ。重要文化財に指定すると、国は、その維持保存のために莫大な費用がかかる。そこで、保存費用は所有者個人に負担してもらい、文化財という名誉だけを与えようというのが登録文化財の制度なんだ。
由香
 イギリスやアメリカに追いつくために、とりあえず文化財の枠を広げて、数を増やそうということですね。

 登録文化財の制度は平成8年に始まり、昨年10周年を迎えている。登録文化財になるための最低条件は、建築後50年以上経っていることなんだ。現在までに6500件が、登録されている。大阪城や、神奈川県庁舎も登録文化財になっている。もうすぐ、東京タワーや大阪の通天閣も登録文化財になる予定だよ。
由香
 明治19年完成のアメリカの自由の女神や、広島の原爆ドームが世界遺産になるんですから、文化財の範囲は、かなり広がっているということですね。

 今まで日本では、江戸時代のものでも、文化財にするには新しすぎると考えていた。それが、建築後50年以上という基準の登録文化財の制度によって、やっと世界基準に近づいたということだね。この流れは、建築から絵画などにも及び、最近では明治、大正時代の絵画や彫刻が次々と重要文化財に指定されているね。
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2007年01月14日

上総海道14

由香
 最近は、国会議員の事務所費に、疑惑があるといわれていますね。

 家賃がただの議員会館に、多額の事務所費を使ったように記入してあるそうだね。領収書の要らない経費として使ったことにすれば、そのままポケットに入れられるからな。
由香
 昔の議員さんもやっていたのかしら。

 昔はありえないことだよ。
由香
 どうしてですか。

 昔の議員は報酬をもらっていなかったから、ごまかすこともありえないんだよ。
由香
 津田沼村長や津田沼町長、町会議員も報酬をもらっていなかったんですか。

 こうした人々は、自分の家業で稼いでいて、村長も、町長も、町会議員も無報酬だったんだ。名誉職は、名誉は与えられても報酬はなかったんだ。
由香
 昔の人はえらかったんですね。村民や、町民のために無報酬で働いたんですか。

 家業で稼ぎ、無報酬で住民のために働き、貧しい人に施しまでしていたんだよ。前に、大正学館の話をしたろう。
由香
 セブンイレブンの向かいのアパートの前にある吉野茂吉翁の石碑の話でしたね。吉野茂吉は、地元の子供達のために大正学館という学校を造ったんですよね。

 地元の子供達を教育し、無報酬で町会議員として活動し、貧しい人々に施しまでしたので、大正義人と呼ばれたんだ。
由香
 それじゃあ、自分の家がやせ細るでしょう。

 昔は、政治家をやると、家がやせ細り、井戸と塀しか残らないといわれたんだ。いわゆる、井戸塀というやつだね。昨日話した、廣瀬秋之助商店の廣瀬秋之助という人も立派な人物といわれた人だった。
由香
 いつの時代の人ですか。

 慶応元年に生まれ、大正14年に亡くなっているんで、明治から大正時代に、地元に貢献した人だった。
由香
 名誉職としては、何をやっていたんですか。

 津田沼町の名誉助役を2期、町会議員を5期、千葉郡会議員を1期やった人だよ。その他にも久々田漁業組合長、菊田神社氏子総代、雑穀組合役員をやったよ。
由香
 その経歴からすると、久々田を代表する人物の一人だったんですね。無報酬でこれだけのことをやっていたなんて、今の政治家からは考えられないことですね。

 名誉のために私財をつぎ込んだので、子孫のかたは、絶対に政治には手を出さないことにしているらしいよ。
posted by 絢 at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

上総街道13

由香
 タイガーの横の小道が、瀬山とみさんの本の中で、江戸時代の本街道であったことが書かれていたことから、話がここまで広がってきたんですが、そうするとこの旧街道沿いに商店街があったんですか。

 現在は、わいがや通りに面して貸しビデオ店、パチンコ店、飲食店、美容院、ピザの配達店、歯科医院、鮨屋さんなどがあるが、実は、この小道を東に渡って、藤次郎に行く道に、昔は商店街があったんだ。
由香
 わいがや通りに十字に交わる、旧街道と言われる方向ですね。しかし、ここから東に、藤次郎方面に歩いていっても、商店は1軒もありませんよ。完全に住宅街ですよ。

 江戸時代から明治になった頃は、街道としての中心になる通りだったが、明治になって人々が、浜道、現在の国道14号に次々と建物を建てるようになって、情況が変わってきた。明治時代になると、江戸時代のような職業や営業に対する制約がなくなったので、久々田の浜から舟で東京へ、甘藷や、米、麦、薪、炭を大量に出荷できるようになった。それまでの浜道が、浜通りと呼ばれるようになり、商店街の中心も国道14号の方へ移っていってしまったんだ。しかし、この旧街道にも最近まで商店が残っていたんだよ。
由香
 いつごろすべてなくなったんですか。

 平成10年か11年頃まで、最後の肉屋さんが、この旧街道に入った5軒ほど先にあったんだ。酒屋さんは平成元年に店を閉めている。
由香
 江戸時代の上総海道の最後の生き残りが、平成まで続いていたんですか。

 雑穀問屋、薪炭燈油の燃料店、酒、醤油、味噌の量り売り、など生活必需品を扱って、明治、大正、昭和にわたり津田沼を代表する商家の一つであった廣瀬秋之助商店が平成元年に閉店している。その建物4棟が、平成15年に、国の登録有形文化財建造物になったんだよ。いわゆる登録文化財と言われているものだよ。
由香
 習志野市内を通る、旧上総海道沿いに残る、江戸時代から明治時代にかけての唯一の建築群なんですね。

 あと市内で残っているとすると、東金街道沿いの実籾に古い建物がいくつか見うけられる。ぜひ、建築年代を調査してほしいものだね。
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2007年01月11日

冬休み14

由香
 どうして、成田山新勝寺は日本建築の伝統をよく守っていると言えるんですか。

 普通、新しいお堂を建てるとき、古いお堂はどうする。
由香
 取り壊して、新しいお堂を建てるんでしょうね。

 それでは、古いお堂が永久に消滅してしまって、貴重な文化遺産を失うことになる。
由香
 それじゃあ、新勝寺は古いお堂を保存しているんですか。

 今の本堂は、有名な建築家吉田五十八が設計して、昭和43年に完成している。しかし、それまであった本堂は、約百メートルほど左側に移築し、釈迦堂として残されている。
由香
 釈迦堂はいつの建築ですか。

 釈迦堂が本堂として建築されたのは、安政5年(1858年)じゃ。
由香
 じゃあ、釈迦堂の前の本堂はどこにあるんですか。

 釈迦堂の後方、二百メートルほどのところに、光明堂として、移築保存されている。
由香
 光明堂はいつの建築ですか。

 元禄14年(1701年)じゃ。
由香
 その前はいつのことですか。

 明歴元年(1655年)で、薬師堂として保存されている。それより古いものはない。
由香
 そうすると、新勝寺には歴代の4つの本堂が、境内に存在しているというわけですね。それはたいへんなことですね。

 移築と、新築を同時にしたんだから、莫大な建築費用がかかっているじゃろうな。
由香
 成田山の境内を歩いていると、金○○圓を寄進したという石碑がたくさんたっていますが、あれだけの境内を維持するには、莫大な費用が要ったんでしょうね。

 今も昔も、たくさんの人を引き寄せる魅力があったからこそ、歴代の本堂を保存するという、他にほとんど例を見ない大事業が可能だったんだよ。
由香
 なるほど、新勝寺はえらいお寺ですね。
posted by 絢 at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

冬休み13


 冬休みを終わろうと思っておったが、常連さんのコメントが入っているようじゃな。
由香
 北総の文化を記録されている方ですね。お瀧不動へ初詣に行かれたそうですよ。

 わしは森林に囲まれた社寺が好きなんだが、お滝不動は住宅街になってしもうておるんで残念じゃな。
由香
 真言宗といわれていますね。

 成田山新勝寺もお不動さんということで、兄弟のごとく言われることもあるが、新勝寺は真言宗智山派、お滝不動は真言宗豊山派じゃ。豊山派は千葉県内にたくさんあるが、智山派は少数派じゃ。
由香
 どちらも真言宗ですから、大日如来を最高の仏としているんでしょう。

 お不動さんは、不動明王といって、大日如来を警護する役目がある仏さんじゃ。
由香
 そんなことを考えてお参りしている人はいませんよ。

 でも、新勝寺は智山派の大本山じゃが、豊山派の大本山は東京の護国寺になるぞ。そして、総本山は奈良の・・・
由香
 そんなことはどうでもいいです。もうお瀧不動の話はこのくらいにしましょう。

 一言だけ言わせてくれ。お瀧不動は、船橋の海老川の源泉、源流じゃと言われておる。ところが、お瀧不動から流れている水は、ちょろちょろ程度の水じゃ。しかし、船橋の海老川は川幅10メートルはある立派な川じゃ。同じ市内なのに、ちょろちょろ源流が、あんな立派な川になるなんて信じられん。その理屈を教えてほしいもんじゃ。
由香
 どなたかおわかりのかたは教えてください。
 ところで、新勝寺の本堂は、鉄筋コンクリートじゃないかといっておられますよ。お瀧不動は木造で再建されたらしいですよ。

 昔の建物を木造で再建する流れが出来てきたことは、まことに喜ばしいことじゃ。お城など、全国に鉄筋コンクリート城がまん延しておったので、がっかりしていたんだが。
由香
 やっと、日本人も木造の価値がわかるようになってきたんですね。

 自国の文化の価値がわかるようになってきたということかな。金沢城が一つのきっかけになっている。
由香
 金沢城ですか。

 2001年に金沢城が再建されたが、これが木造の伝統工法で再建されたんだ。
由香
 金沢が、コンクリート城の流れを止めたんですね。

 さっそく見に行ってきたが、すばらしかった。コンクリート城にはない味わいがあったよ。
由香
 金沢の話をしているんじゃないんです。新勝寺の本堂がコンクリートだという話ですよ。

 新勝寺はえらいお寺だよ。
由香
 本堂を、コンクリート寺にしたことがえらいんですか。

 そんなことじゃあない。日本建築の伝統をよく守っている珍しい寺じゃ。
由香
 本堂を、コンクリート寺にしてしまったんですよ。それが、どうして伝統を守っていることになるんですか。

 君は何もわかっとらんな。千葉県人としてはずかしいぞ。
posted by 絢 at 22:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

冬休み12

由香
 冬休みも今日で終わりとなりました。初詣の話題の最後に、何か言っておきたいことがありますか。

 千葉県内の神社仏閣を訪れる人は少ないじゃろう。新勝寺くらいだろう。しかし、中山法華経寺も香取神宮も、行ってみると別世界へきたような不思議な雰囲気があり、行ってよかったと誰もが感ずるところだよ。
由香
 ほかに県内で、別世界へきたと感じさせてくれるところを紹介してください。

 飯高寺(はんこうじ)がある。ここの杉林へ入ると、時空を超えた世界へ迷い込んだような不思議な感じになる。国の重要文化財に指定された建物も4棟もあり、建築的にも見ごたえ十分じゃ。江戸時代の日蓮宗の僧侶の学校という歴史もおもしろい。
由香
 飯高寺はどこにあるんですか。

 八日市場の近くにある。
由香
 ほかにおすすめはどこでしょう。

 笠森観音じゃ。
由香
 房総半島の真ん中にあるお寺ですね。

 自然林に囲まれた山を上ってゆくと、頂上にまたがるように観音堂が建っている。強風が吹くと吹き飛ばされるんじゃないかと思うくらいじゃ。山の頂上から四方に柱を伸ばして、山肌に突き刺してかろうじて建っておるお堂じゃ。
由香
 がけっぷちに建っているお堂はよくありますが、山の頂上にまたがっているお堂は、日本でこれ1棟ということですね。

 これも見なきゃ損という寺だね。ほかにも、石堂寺、波切不動尊、清澄寺、芝山観音教寺、などなどいずれも自然の林に囲まれた別世界のようなところがたくさんあるよ。
由香
 ありがとうございました。これにて冬休みは終了と致しましょう。
posted by 絢 at 08:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

冬休み11

由香
 中山法華経寺は東京からも近く、文化財も豊富、日蓮上人との縁が深く、建物も見ごたえ十分。お参りに行かない手はないでしょうね。

 成田山新勝寺は、境内がきれいになりすぎている。もっと古びた雰囲気がいいと言う方にも、おすすめじゃな。
由香
 次のおすすめはどこでしょう。

 香取神宮じゃろうな。
由香
 天皇陛下が1月1日に、必ず香取、鹿島神宮の方へ頭を下げるところですね。江戸以前は、神宮といえば、伊勢、香取、鹿島の三つだけを指したそうですね。

 香取神宮は建物が美しい。拝殿は登録文化財、楼門と本殿は重要文化財じゃ。
由香
 樹木も見ごたえがあるんですよね。

 香取神宮の建物周辺には、杉の古木がたくさん立っている。その太さには驚くだろう。神代の昔からの歴史と、古木、美しい建築と三拍子そろった神宮じゃ。ここに行かん手はないじゃろう。

posted by 絢 at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

冬休み10

由香
 千葉県内で、初詣におすすめの神社仏閣はありますか。

 東京に近いところから言うと、中山法華経寺だろうね。
由香
 京成線なら、京成中山駅から、JRなら下総中山駅から、歩いて5分程度ですね。

 どちらの駅からも、参道がまっすぐに続いているんで、わかりやすい。
由香
 どうしてここがおすすめなんですか。

 千葉県の歴史上、最も有名な人物といえば、日蓮上人と伊能忠敬だろう。中山法華経寺は日蓮上人が、最初に建てた寺なんだ。
由香
 たしか、日蓮上人直筆の書状がたくさんあるんですよね。ほとんどが国宝になっているんですよね。

 それだけじゃない、国の重要文化財になっている建物が4棟もある。中でも比翼屋根の本堂は見ごたえ十分じゃ。
由香
 比翼屋根って、岡山の国宝、吉備津神社だけじゃあないんですか。

 それが、本堂の調査をしていたら、江戸時代に比翼屋根を改造した跡が残っていた。それで、最近もとの比翼屋根に戻したんだ。
由香
 ということは、岡山に行かなければ見ることができなかった比翼屋根が、中山法華経寺で見られるようになったということですね。

 比翼屋根の本物が、こんな近くで見られるようになったんだから、見なきゃ損だよ。
 そのほか、中山法華経寺については、いろいろ語ることがあるんだけれど、今日はこのくらいにしておこうかな。
posted by 絢 at 17:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

冬休み9

由香
 今日の新聞に三が日の人出の数が出ていましたね。

 明治神宮が311万人、成田山新勝寺が290万人と出ていたね。
由香
 明治神宮や川崎大師が多いのは、近いという点があるんでしょうけれど、成田山はけっこう遠いですよね。それでもこれだけの人が初詣に行くなんて、すごいですよね。

 それだけご利益があると信じる人が多いということだろう。
由香
 新勝寺は、平将門の乱の平定に始まりますから、千年以上の歴史がありますよね。

 江戸時代に、たびたび江戸にご本尊を出開帳に持ち出して、江戸庶民に成田不動尊の存在を広く知らしめたことが、今日の隆盛につながっているらしい。
由香
 ご本尊をお神輿に乗せて、江戸市中を練り歩いたんでしょう。広告、宣伝が上手だったんですね。

 現代の企業は、マスコミを使って、上手に広告宣伝し、庶民に良いイメージを植え付けることが、企業発展の基本である。そのことを、江戸時代に実践し、現代の隆盛を見ているのだから、企業関係者は皆さんお参りするだろうね。
由香
 成田空港が近くにできたことで、外国人団体の見学者も多いですね。
 ところで、爺さんも新勝寺に初詣に行かれたんですか。

 わしは、寒川神社なんだ。
由香
 寒川神社って、神奈川県の、東名高速、厚木インターで降りていく、あそこですか。

 そうなんだ。わしは子供の頃から寒川神社の、あの人型した紙で体をこすって育ってきたんで、今でも寒川さんなんだ。
由香
 新勝寺は千年の歴史と、不動明王が祭られていることがはっきりしていますが、寒川神社はどうなんですか。

 寒川神社のもともとの祭神は、良くわからないんだ。神社ができたのも、あまりにも古くて、よくわからないそうで、1500年くらい前だそうなんだ。
由香
 新勝寺には、重要文化財に指定されている建物が5棟もありますが、寒川神社はどうなんですか。

 みんな最近完成した建物ばかりで、古いものは全くなさそうだね。
由香
 古いものがなく、もともとの祭神も不明、いつ頃からあるのかもはっきりしない、そんな寒川神社に初詣に行くんですか。

 子供の頃から、寒川神社の人型の紙で体をさすってきたから、体に染み付いているんだろうね。
由香
 新勝寺には行かないんですか。

 1ヶ月ほど前に行ってきたよ。紅葉がきれいだったよ。正月以外の季節には、時々行っているんだよ。
posted by 絢 at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

冬休み8

由香
 津田沼の中心地といえば、本来は、京成津田沼駅前ですよね。でも、お正月の三が日でも、静まり返っていましたね。

 昔は商店街の大売出しの抽選をやっていたが、最近は商店街もさびしくなってきて、何もなくなってしまったね。
由香
 でも、JR津田沼駅の北口にある、パルコ、イオン、イトーヨーカドー、丸井の方は人がいっぱい歩いていましたよ。

 あのあたりは船橋市との境界線上にある。津田沼というより、実体は船橋なんだ。やはり、京成津田沼駅周辺を活性化しなければいかんな。
由香
 駅前のクレストホテルが閉店して7年か8年経ちますが、何とかならないんでしょうかね。ホテルの建物は、他に使いようがないから困りますね。

 幕張プリンスホテルが去年売却されてアパホテルになった。旧クレストホテルも、こうしたホテルチェーンが買い取ってくれればいいんだが。
由香
 市長の手腕の見せ所なんですけれどね。

 習志野市が昭和29年に誕生したとき、初代市長白鳥義三郎は、軍隊がなくなった跡地に、日本大学、順天堂大学、東邦大学付属学校、千葉工大を次々と誘致して、軍都をまたたくまに学園都市にしてしまった。また市立習志野高校を設立し、2度の甲子園優勝で、習志野の名を全国にとどろかせた。さらに、市立の幼稚園、保育園、公民館、図書館を次々と建設した。
由香
 ドイツのベルリン工科大学の建築科出身で、早稲田大学の建築科の教授も務めた市長ということで、銅像を建てようという話までありましたね。

 現在の市長はすでに4期目で、多選の批判もある。それなりの実績も残してきた方だが、そろそろ、白鳥義三郎のような人が登場してほしいものだね。
由香
 若い方を待望しますね。
posted by 絢 at 15:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月03日

冬休み7

由香
 津田沼の旧家の方々は、お正月を盛大に祝うんでしょうね。

 それがそうでもないんだ。
由香
 津田沼は江戸時代から続く古い家が多いんでしょう。それがどうしてお正月を盛大にやらないんですか。

 古いからやらないんだ。
由香
 意味がよくわかりませんね。古い家が多いんだから、やっているんでしょう。

 津田沼は明治以降、半農半漁の村というより、米、甘藷などの雑穀、薪炭、を扱う商人が多い町になっていったんだ。商人にとって、お正月は商売繁盛のかきいれどきだった。だから新暦のお正月は商売をして、旧暦のお正月にお祝いをしたんだ。
由香
 ということは、中国のように1月末から2月にかけて、お正月のお祝いをしていたということですか。

 江戸時代は旧暦だったろう。だから古い家は旧暦の正月を祝っていたんだ。ところが明治6年から新暦になった。新暦になっても、それまでの習慣があるから、旧暦の正月を祝っていたんだよ。ところが、最近では旧暦の正月を祝うということがなくなってしまった。
由香
 だから、古い家ではどちらもたいしてお祝いをしないということになってしまったというわけですか。

 わしはそう聞いたんだが、こんなことは家によって違いがあるから、確実な話ではないかもしれない。
由香
 商人の家ではそうだろうということですね。
posted by 絢 at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月02日

冬休み6

あけましておめでとうございます。
本日は朝から菊田神社へ初詣に行き、東漸寺に、ご先祖のお墓参りに行って参りました。津田沼の旧家の方なら、どちらにもお参りされているはずです。
posted by 絢 at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月01日

冬休み5

 2007年、新年明けましておめでとうございます。
 東漸寺の除夜の鐘を聞きながら、新年を迎えましたが、午前0時15分頃で終わってしまったようです。

 皆様にとって、本年がすばらしい年でありますことをお祈り申し上げます。
posted by 絢 at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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