2011年05月20日

津田沼11−26

菊田神社の灯篭

由香
 この写真は、菊田神社の琴平宮の灯篭ですね。あっちこっちに、散乱するように落ちていますね。写真では見えない、向こう側にも落ちているんですね。台座が欠けたり、台座ごと落ちたりしていますね。

 一対の灯篭が、両方とも崩壊している。
由香
 個人の家の庭にある灯篭も、倒れているものがたくさんありましたね。

 そういう傾向から考えると、東漸寺の墓地の墓石が、一つも倒れているものが無かったのは、不思議じゃなあ。
由香
 菊田神社は、その昔、菊田川の中洲に造られたと伝承されていますから、地盤がゆるく、振動が増幅された結果、鳥居、灯篭、石造りのお宮が倒れたんじゃあないんでしょうか。

 東漸寺も、コンクリートの山門が、崩壊寸前になって、撤去されてしまった。なのに、ピラミッドのように積み上げられた古い墓石の塔は、崩壊しなかった。
由香
 山門は、屋根が重く、重心が高いので、振り回されるようにゆれたと思われます。ピラミッド型のように、下へ行くほど重くなる構造の墓石は、上のほうが振り回されることがなかったといえますね。

 墓石が倒れるタイプのゆれもあるかと思うと、今回のように、墓石が全く倒れないタイプのゆれもあるということじゃなあ。
由香
 直下型のように、下から突き上げられるようなゆれは、墓石を倒しますが、今回のように、左右に激しくゆれるだけの振動だと、重心の低い墓石は倒れないということですね。

 灯篭、鳥居、山門は、どれも重心が高そうじゃ。
由香
 瓦屋根の家は、瓦が重いので、重心が高くなり、上のほうが激しく揺れたと言えそうですね。

 普通の墓石は、下のほうが重いので、上の部分はあまりゆれなかったということかなあ。
由香
 宝筺印塔(ほうきょういんとう)は、灯篭のように、不安定に見えますが、一つも倒れていませんでしたね。

 宝筺印塔は、灯篭よりも、重心がかなり低かったということになるね。


菊田神社参道の灯篭
posted by 絢 at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

津田沼11−25

菊田神社の琴平宮

由香
 この写真は、どこですか。

 菊田神社の鳥居を入ると、すぐ右に琴平宮があった。今回の震災で、写真のように前のめりに倒れてしまっていた。
由香
 鳥居自体も倒れてしまって、今はありませんが、琴平宮も、こんなになってしまったんですね。起こさないんですか。

 余震があるんで、そのままにしてあるんじゃろうが、余震が収まれば、元に戻すんじゃあなかろうか。
由香
 神様の宮をいつまでもこんなにしておいてほしくありませんね。

 この姿は、少しショッキングじゃなあ。

posted by 絢 at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

津田沼11−24

マツバギク

由香
 今回は、お花の写真ですか。

 震災の写真だけでは息詰ってくる。気分を変えてくれる花の写真がいいじゃろう。
由香
 これもじいさんが育てている花ですね。名前はなんですか。

 マツバギクじゃ。南アフリカ原産の多年草じゃ。栽培が簡単で、5センチくらい切って挿し芽をしておくといくらでも増える。
由香
 冬の寒さには強いんですか。

 この写真のマツバギクは霜にあたるとだめになってしまう。耐寒性のある種類と無い種類があるそうじゃ。
posted by 絢 at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

津田沼11−23

袖ヶ浦団地の基礎部分

由香
 なんですか、このわけのわからない写真は。震災特集じゃあないんですか。

 これは、4階建ての建物が立ち並ぶ袖ヶ浦団地の、基礎と地面の部分の写真じゃ。
由香
 団地の建物は、遠くから見る分には、何も異常は感じられませんが、近くで、建物の基礎部分を見ると、このように浮き上がっているんですね。

 千葉県内で液状化の大きな被害を受けたのは、浦安市と習志野市だけじゃ。
由香
 戦後、東京湾の内側は埋め立てられて行きましたが、多くは工場のコンビナートになってゆきました。浦安市と習志野市だけが団地や戸建て住宅街になったんですよね。

 おかげで、公害の無いきれいな街になったが、液状化という落とし穴があったんじゃ。
由香
 当時の人にとっては、想定外ということになるんでしょうね。

 この状態を見れば、上下水道管が断たれてしまって、大きな被害が出た原因がわかるじゃろう。
由香
 多くの建物で、こんなずれと段差ができてしまっていますから、復旧には時間がかかりそうですね。この段差はどうするんでしょう。

posted by 絢 at 07:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

津田沼11−22

菊田川の護岸
(注 写真をクリックすると拡大し、被害の状況がよくわかります。2回まで拡大するようです。)

由香
 じいさん、この崩壊している護岸はどこの写真ですか。

 海浜霊園の横を川が流れているじゃろう。あれは、ただの運河じゃと思っておったが、ここでよく見ると菊田川と表示されておった。
由香
 菊田神社から暗渠になり、市役所下を通り、国道14号の鷺沼交差点の近くの、毎日新聞の専売所近くを流れている菊田川が、海浜霊園まで行くとこんなに立派な川になっているんですか。

 わしも震災の写真を撮るまでは知らなんだ。ここが菊田川とは。
由香
 写真の右側の護岸は、川の中に崩れかかっていますね。

 左側は崩壊して、川の中に崩れ落ちてしまっておる。
由香
 右側と同じ物が対岸にもあって、すでに川の中に落ちてしまっているんですね。

 各地の被災写真が、たくさんネットに掲載されているんで、習志野市の写真も、いくつか掲載してみようと思っておる。
由香
 遠くの方に、ミスターマックスの黄色い立方体形の看板が見えていますね。中央の大きな建物は、東洋エンジニアリングのビルですね。

 写真の右側が海浜霊園になる。
posted by 絢 at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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