2011年07月29日

津田沼11−35

由香
 じいさん、習志野高校、甲子園出場、おめでとうございます。

 習校くらいになると、甲子園出場くらいで喜んではおられん。どこまで勝ち進めるかが問題じゃ。
由香
 この写真は何ですか。

昔の記念のお皿


 地元の旧家の方が持っておられるのを、写真に撮らせていただいた。甲子園出場が決まったときに、アップしようと思っておった。
由香
 このお皿にまつわる話があるんですか。

 残念ながら、わしは地元の出身ではないから、わからない。
由香
 ご存知の方は、コメントで解説をお待ちいたしております。


posted by 絢 at 06:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月20日

津田沼11−34

由香
 じいさん、なでしこジャパンを見ましたか。

 いやー、ドイツ戦、スウエーデン戦、アメリカ戦とすべて見てしまったよ。ただ、アメリカが2点目を入れたときは、後を見る気力がなくなって、鉢植えに水遣りをしていた。戻ってきたら、同点になった瞬間だった。
由香
 You Tubeの  表彰式  と PK戦 を入れてみました。見たい方はどうぞ。




 ところで、習志野市の給食の牛肉にセシウム肉が使われていたという。6月20日の給食に使われていたそうじゃ。大久保小学校と発表されている。
由香
 横浜市の新市長は、牛肉を使わないように指示を出していたそうですね。習志野市の新市長 宮本タイスケ氏は、初回から大失点ですね。もっと情報をよく見て、市民のための指令を出さなきゃいけませんね。

 千葉県自体が、うっかりしておったということじゃ。
 宮本氏は、新庁舎建設のことばかり考えているようで、困ったもんじゃ。
由香
 津田沼小学校では、7月12日の給食に牛肉が使われていましたが、大丈夫だったのかしら。

 大久保小で使われた牛肉は9,8キログラムじゃ。これを全校生徒千人でわると、一人ひとかけらくらいじゃ。問題にするほどの量ではない。
由香
 それでも、気分は悪いですよ。

 大久保小の、全保護者に状況を説明するプリントが配布されたという話じゃ。
由香
 宮本市長が一生懸命の、新庁舎の建替えは、やった方がいいんでしょうか。

 ありきたりの庁舎を建てるくらいなら、旧クレストホテルをただ同然で買い取って、そこをリフォームすればよい。駅に近いんで、職員も、市民もみんな便利になって喜ぶと思うがなあ。
由香
 そういえば、JR津田沼駅前のダイエーが売却されるときに、市が買い取って、市庁舎にすればいいという意見がありましたよね。

 あそこは習志野市の一番はじっこで不便じゃ。旧クレストホテルなら市の中心部じゃ。場所といい、建物といい、文句なく市庁舎に使えると思うがなあ。
由香
 旧庁舎は登録有形文化財になると思いますから、そのまま保存してほしいですよね。

 津小の円形校舎は保存してほしかったなあ。すでにプールから取壊しの工事が始まってしまった。
由香
 どうして建築家協会は反対声明を出さないんでしょうかね。





posted by 絢 at 18:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

津田沼11−33

袖ヶ浦4丁目

由香
 これも袖ヶ浦4丁目の写真ですか。

 市立三中から袖ヶ浦東小学校へかけての住宅街は、地盤がかなり波打ったらしく、側溝が曲がっているところがたくさんある。なかでもこの写真の角地は、かなり複雑なゆれ方をしたらしいなあ。
由香
 側溝が、がたがたになっていますね。どんなゆれ方をすれば側溝がこんなふうになってしまうのか、想像がつきませんね。

 震災から3ヶ月も経っているのにこの状態じゃ。
由香
 周辺の側溝もかなり被害を受けているんでしょうから、修理が追いつかないでしょう。

posted by 絢 at 07:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月13日

津田沼11−32

袖ヶ浦東小学校


 これは袖ヶ浦東小学校の東側のフェンスじゃ。
由香
 地面が波打った様子がそのまま残っていますね。

 3段ブロックの上に白いフェンスがあるが、地面が盛り上がった部分は、ブロックが地面の下に沈んでしまっている。
由香
 側溝のコンクリートの蓋まで、同じ曲線で曲がっているのが不思議ですね。

 埋立地の波の振幅を今に残す貴重な教材として、長く保存してほしいような光景じゃなあ。
由香
 浦安のマンホールより貴重かもしれませんね。

 側溝の示すラインが最大振幅で、その後地面が下がったと見るのが正解かなあ。
由香
 地面の一番低い部分のブロックにすき間ができていますね。

 フェンスとブロックは地面とは逆の曲線を描いている。理由はわからん。もともとのフェンスとブロックの位置がどこじゃったのか、よくわからん。
由香
 水平器を持っていって、詳しく計測したいですね。

 市立三中から袖ヶ浦東小学校にかけての住宅街には、波打った被害がたくさん出ているよ。
posted by 絢 at 07:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

津田沼11−31

山門のない東漸寺

由香
 これは東漸寺の正面の写真ですね。わいがや通りから撮ったものですね。

 鉄筋コンクリート製の山門が、よほど激しく揺さぶられたのか、亀裂が入って危険な状態になったので撤去されてしまった。その状態の写真じゃ。
由香
 正面に見える木造の本堂や、左端に一部見える釣鐘堂はなんともなかったのに、一番新しい山門が被害を受けたんですね。

 長い歴史のある木が、建築材料としていかに優秀かがよくわかるね。
由香
 次の写真は東漸寺の墓地ですね。

東漸寺の墓地


 全く墓石が倒壊していない。古い墓石をピラミッドのように積み上げた山もなんともない。
由香
 下から突き上げるような衝撃があれば、墓石は倒壊するかもしれませんが、左右に振り回すだけのゆれでしたから倒壊しなかったんでしょうか。

 宝筺印塔(ほうきょういんとう)という石を積み上げていく形式の墓石でも全く変化がなかった。
由香
 個人の家の灯篭はたくさん倒れていましたが、灯篭は極端に重心が高く、不安定な形ですから倒れたんですね。重心が低ければ、つまり下に大きな石があって、上に行くほど小さくなっていく形式の墓石は倒れなかったんですね。

 習志野市の近隣では墓石は倒れなかったが、7キロか8キロしか離れていない、船橋市の内陸の二和(ふたわ)や三咲では墓石が倒壊したと聞いている。
由香
 ゆれにかなりの違いがあったということですね。
posted by 絢 at 07:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月01日

津田沼11−30

地震で舗装がはがれた歩道

由香
 歩道のブロックがはがれていますね。

 これは秋津の国道357号との交差点付近じゃと思う。
由香
 手前の、グレーの色をしたものがべったりと歩道を覆っていますが、液状化でふき出した泥ですね。

 現在では、持ち上がったブロックははずされ、アスファルトで埋められている。泥はきれに掃除されている。
由香
 このように地面が波打った結果、ブロックが持ち上がったり、地面がゆがんでいるところはたくさんありましたね。

 歩道と車道の境の細長いブロックは、いまだに45度に傾いたままじゃ。
由香
 ツツジが車道側に傾いているということですね。 
posted by 絢 at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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