2006年06月24日

旧大沢家は重文級の古民家

由香
 習志野市内にはどんな古民家が、移築保存されているんですか。

 藤崎森林公園には、長生郡から大沢家が移築保存されている。この建物は、国の重要文化財級の貴重な建物だよ。
由香
 どこが貴重なんですか。

 戦後、古い茅葺き民家が次々と姿を消して行くことに危機感を抱いた人達が、昭和40年代に、民家の緊急調査をした。そして、江戸前期、中期、後期の代表的な民家を重要文化財に指定し、保存して行くことになった。
由香
 そのときに、この建物も発見されたんですね。どこが重文級だったんですか。

 これらの建物が建てられた時代は、建築の記録を残しておく時代ではなかったから、造り方や構造で建築年代を推定した。しかし、ごく少数の建物には、屋根裏に墨で年代が書かれていたり、何らかの記録が残っていた。こうした記録がある建物は、ほかの建物の建築年代を推定する上でも、たいへんに役に立つので,とりわけ貴重な建物ということになる。
由香
 つまり、大沢家の建物には、建築年代を確定できる記録があったということなんですね。

 しかも、昭和40年代に発見された中では、関東以北で最古の年代だった。寛文4年、1664年だよ。
由香
 またまたすごいじゃないですか。それじゃ、すぐに国の重文という話になりますね。

 ところが、所有者の大沢さんが、重文指定を断ってしまった。建物を改造するか、建て替える予定があったらしい。
由香
 それは残念な話ですね。それがどうして習志野市へやってきたんですか。

 数年後に大沢さんは、考えが変わった。古民家を改造するのではなく、別に新しく新築し、古民家は、どこかで保存してもらおうと考えた。
由香
 そこでやっと、重文指定ができる環境が整ったことになりますね。

 ところが、国は重文の指定をしなかった。
由香
 どうしてですか。前に断られた腹いせですか。

 国は、重文に指定すると、建物の補修や移築保存で何億円ものお金が必要になる。そこで、各都道府県から各時代を代表する民家を、4棟か5棟選んで、その建物を国の費用で保存する計画を立てた。ところが、大沢さんが断ったので,県内のほかの建物を重文に指定してしまった。そういう事情で,いまさら指定することは困難になってしまったんだ。
由香
 で、どうしました。

 大沢さんは、この古民家の引き取り手を探すために、新聞に出した。そうすると30人以上も手を挙げた。アメリカからも引き取り手があったというよ。
由香
 そこに習志野市も応募した、ということなんですね。

 大沢さんは、同じ千葉県内に移築されることを望んで、習志野市に決めたんだ。千葉県も県内に保存されるのならと、県の指定文化財にし、移転費用の一部を補助したんだ。
由香
 そういういきさつは、私が読んだ資料の中にはありませんでした。藤崎森林公園の説明板にも書いてありませんでした。

 瀬山家の時にも言ったけれど、建物は、建てられたいきさつであるとか、住んでいた人の物語であるとか、移築のいきさつを知ることで、より味わい深いものになるんだ。ただ、西暦何年に建てられた建物ですよという程度の説明では、つまらないね。
由香
 ところで、建築記録のある民家としては、最も古いという話は、今でもそうなんですか。 

 
posted by 絢 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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