2006年06月24日

古民家は、なぜ西高東低なのか


 実は関西へ行くともっと古い民家がたくさんある。東へ行くほど少なくなる。西高東低だね。
由香
 どういう理由で、古民家は西高東低になるんですか。

 江戸時代は、士農工商という身分制度があったことは知っているだろう。幕府はこの身分によって、たくさんの建築上の制限を設けていた。2階建ての禁止や、そのほか禁止されていたものは、畳、瓦、長押(なげし)、床の間、漆喰塗壁、門、式台など、かなりの制限があった。
由香
 それで古民家というと、どこを見学しても、草葺の平屋(ひらや:1階建てのこと)で、畳のない板の間暮らしだったんですね。

 ところが、関西へ行くと、瓦葺の屋根で門まである立派な古民家がたくさん残っている。
由香
 不平等ですね。

 徳川幕府は江戸に近いところほど、建築制限を厳格に適用した。幕府の威光を示したということだね。江戸から遠いところは、あまり厳しくしなかった。さらに関西は、商業が活発で、大名にまでお金を貸している商人がたくさんいた。大名は参勤交代をはじめ、幕府の命令でいろいろやらされて、どこも財政が苦しかったからね。
由香
 借金だらけでは、大名も厳しく建築制限を適用することはできなかった、ということですか。

 草葺の家が火事に弱いことは誰でもわかるだろう。その結果、関東の草葺の家は古いものが少なく、関西は、火事に強い瓦葺で漆喰塗りの外壁の民家が、たくさん残ったということになる。
由香
 なるほど、よくわかりました。すると今、関東で一番古い民家はどれなんですか。

 群馬県の茂木家が大永7年(1527)の記録があったということになっている。しかし、これはあまりにも飛びぬけて古くて、古い年代が書かれた古材を使っただけではないかという議論があって、はっきりしない。2番目に古いのは神奈川県の関家で、構造などから17世紀前半といわれているが、建築年代を書いた記録が発見されているわけではない。3番目がこの旧大沢家だよ。
由香
 すると、今でも建築年代の記録がある民家としては、関東以北で最古の家じゃないですか。

 ところが、国が建築年代の順番をつけるときは、国の重文を対象に順番をつけている。従って、現在記録のある民家で関東最古のものは、茨城県の椎名家(1674年)となっている。
由香
 重要文化財を断ったことが、今も尾を引いているんですね。椎名家より10年古いのに。

 しかし、重文でなくても、このいきさつを知れば、習志野市の旧大沢家が、記録のある建物としては関東最古であることがわかるだろう。
由香
 今後、国の重文に指定されることもあるんじゃないでしょうか。

 それはむずかしいだろうね。
由香
 どうしてですか。

 時代は変わりつつある。建築年代だけが重視された時代は、過ぎ去ってしまった。
由香
 どういうことですか。
posted by 絢 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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