2006年06月25日

古民家の価値基準が変化した


 昭和40年代から古民家の保存に取り組んできて、国、県、市町村レベルまで含め、数千棟の建物が保存されてきた。しかし、振り返ってみるとそのほとんどが、武士、豪農、豪商の建物だった。
由香
 金持ちが、質の良い材料を使い、腕の良い職人をたくさん集めて立派な家を建てれば、長持ちしますよ。庶民の家は粗末なものだったでしょう。

 つまり、古さだけを基準にすると、庄屋、名主といわれたような、村を代表する農家の家しか残らない。しかし、大部分の庶民の家は長持ちしないが、そうした家を残すほうが希少価値があり、文化財としての価値が高いと考えられるようになってきた。
由香
 江戸時代の庶民の家なんて、もう残ってないでしょう。

 その意味で先見の明があったのは、浦安市だね。浦安は漁師町で、台風がくると津波で水没したこともあるようなところだったから、古いものが残らない。そこで、今ある一番古いものを残そうとした。江戸時代から昭和初期までの、呉服屋、漁民の家、タバコ屋、魚屋、三軒長屋を次々と市の指定文化財にして残してきた。
由香
 浦安はディズニーランドがあるから、財政的にもゆとりがありますね。

 そのことが今になって評価されてきた。つい最近になって、この中から、漁師の家であった旧大塚家と三軒長屋が、県の指定文化財に格上げされたんだ。江戸末期の、6畳一間の三軒長屋なんて、今じゃ残ってないからね。八つあん熊さんが住んでたような家だよ。
由香
 めぐりめぐって、そういう時代の流れで、習志野市にある旧大沢家が、国の重要文化財にはならないだろうということなんですね。

 重文指定も、予算と時代の変化で変わってくるということだよ。しかし、それでも旧大沢家が、重文級の価値があることはかわらない。
由香
 習志野市内には、江戸時代の庶民の家は残ってないんですか。

 それがあるんだよ。
posted by 絢 at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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