2006年07月12日

サツマイモの本家本元

由香
 甘藷って,えーと、サツマイモのことでしたっけ。

 そうだね。甘藷は中国での言い方で,琉球に伝わると琉球いもになり、薩摩に伝わってサツマイモになった。
由香
 でも、習志野市の特産品はニンジンではないんですか。

 現在は,千葉県はニンジンの大生産地だが、江戸時代から昭和初期までは、津田沼は甘藷の特産地だった。
由香
 ちょっと待ってください、サツマイモというと川越じゃないんですか。川越へ行くと、今でも、おみやげ物屋さんで,名産品という感じで売っていますよ。薩摩芋の資料館までありますよ。このあたりではどこも、あんな感じでは売っていませんよ。八百屋さんに置いてあるだけです。ピーナッツならわかりますけど。

 なんといっても,甘藷の本家本元はこっちなんだよ。甘藷を薩摩から関東地方へもってきたのは,誰だか知っているだろう。
由香
 青木昆陽でしょう。甘藷先生で有名じゃないですか。

 その昆陽先生が、小石川でサツマイモを試作し、1735年に実地で栽培をしたのが、お隣りの幕張なんだよ。九十九里の方でも試作したが,失敗したんだ。幕張でも、悪いうわさが流れて、最初はあまり生産が拡大しなかった。
由香
 サツマイモはとってもおいしいのに、どうして悪いうわさが出るんですか。

 九十九里の方ではその年、漁業が不漁だった。その原因を甘藷のせいにされたんで、誰も食べなくなっていったんだ。幕張でも、甘藷には毒があるといううわさが流れたんで,あまり生産は拡大しなかった。しかし、幕張の周辺の人達は、親類の家などで実際に甘藷を食べて、おいしいことや毒がないことを体験していたので、狭い範囲では栽培が続けられていた。川越には、幕張で試作されてから16年後に、千葉県市原市の村から伝わったことになっている。
由香
 そうするとこっちが、関東地方で最初に薩摩芋が伝わったところということになるんですね。

 だから幕張には、青木昆陽を祭った昆陽神社がある。道路工事の関係で、しばらく取り払われていたが,平成18年の夏に、つまりつい最近、新しい社殿が完成した。道路をはさんで反対側には、甘藷試作地の石碑も建っている。まさにここが関東でのサツマイモの原点なんだ。サツマイモが好きな人は、ぜひ昆陽神社へ行ってほしい。京成幕張駅のすぐ前にありますよ。
由香
 でも、狭い範囲でしか広まらなかったサツマイモがどうして、生産が急拡大したんですか。どうして、津田沼はお米じゃなく、甘藷の特産地になったんですか。津田沼は、昔は久々田といったんだから、誰がどう考えても田んぼの稲作でないとおかしいんじゃないですか。

 その問題の答えのキーワードは、飢きんと砂とゴミだよ。
由香
 飢きんはなんとなくわかりますが、砂とゴミは理解できませんね。
posted by 絢 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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