2006年08月28日

津田沼小学校と白鳥義三郎

由香
 津田沼小学校の円形校舎は、シンメトリーに配置され、たいへん美しい建築美を見せていますが、これは偶然のことでしょうか、そうデザインされていたものなんでしょうか。

 偶然ではない。習志野市には白鳥義三郎がいたからじゃ。
由香
 何ですかその人は。

 旧津田沼町時代の町長であり、習志野市の初代市長じゃ。町長時代は、全国町村会長を務め、市長になってからも、300以上あった、千葉県の市町村会長も務めていた。たいへん個性の強い人だったそうで、町が発展するには、子供を教育することが最も重要だとして、教育市長とも呼ばれた人じゃった。津田沼小学校のスパルタ教育も、この市長が進めたことなんじゃ。
由香
 その人と建築と、どういう関係があるんですか。

 白鳥義三郎は、ドイツのベルリン工科大学建築科出身で、早稲田大学の建築科教授も勤めていた人じゃ。ドイツと日本の両方で、都市計画論を教えていたという人じゃ。
由香
 ひゃー、すごい人じゃないですか。初代習志野市長が、建築の、それも都市計画の専門家だったなんて。私たち習志野市民はそんな話、聞いたことがありませんよ。市の発行している本にも、初代市長の経歴や業績など全く記載されていませんよ。

 昭和39年建築の、市役所を見てごらん。建物は四角く今では何の変哲もないが、玄関の前には古代ハスの咲く池があり、その周りを丸く、車寄せまでのアプローチが造られている。全国の役所を見たわけではないが、昭和30年代までに造られた役所で、このように美しい配置がなされておるところは、少ないんじゃないかな。
 今は、たくさんの建築家が、腕を競う時代になっているが、当時は小さな町や村の役所をデザインする人は、あまりいなかったんじゃないだろうか。そんな時代に、市長が、最先端を行く欧米の、都市計画を専攻する学者だったんだから、今の習志野市が快適な都市であるとしたら、白鳥義三郎に負う所が多いんじゃないかな。
由香
 津田沼小学校や市庁舎が、美しい配置をしているのは、そういう原因があったんですね。どちらも、こせこせしてなくて、伸びやかで、見た感じのよい建築ですものね。

 わしは、市庁舎と津田沼小学校は、日本建築史に残る建物だと思っているので、できれば、あまり増改築せずに残していってほしいと思っておる。
由香
 それと、もっと私たち市民に、白鳥義三郎氏について、教えてほしいものですね。ほかにも、今の私たちに関係する業績がありますか。

 日本と日独伊三国同盟の関係にあった、ドイツの事情に詳しかったことが、その後の市の発展にたいへん役立っている。その恩恵は、今でもみんなが受けているよ。
由香
 それはどういうことですか。
 
posted by 絢 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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