2006年08月30日

白鳥義三郎市長の業績とは


 白鳥市長は都市建設をぐんぐん推し進めた。
 習志野市のホームページでも読めるが、新習志野散策 bV5 に、こう書いてある、「特に目を引くのが、建設機械を購入して市が直接都市計画を推し進める、という方法です。当時の市役所の土木課は別名、「習志野建設部隊」と呼ばれていたそうです。都市改造を行い、小さくとも効率のよい活力あふれる中小都市を建設しようという、白鳥市長の理想から、半世紀が過ぎました。」
由香
 市の本にも、戦後すぐに市営水道、市営ガスの工事、多くの小学校、中学校と習志野高校の各校舎建設、市庁舎、市民会館、図書館、公民館の建設、給食・視聴覚・教育・清掃の各センター建設、公園、体育館、球技場の建設と次から次と、公共施設を建設していることが書かれていますね。今なら、箱もの行政として批判されるでしょうに。へたをすれば、夕張市のように破産していたかもしれませんね。

 習志野市は、実は人口3万人という、市制の最低人口に、足りなかったのではないかというほど、日本でも最も小さい市だった。したがって、財政規模もたいへんに小さい市だった。その小都市が、大胆にも、次から次と莫大な借金をして、次から次と公共施設を建設していったんだ。今なら恐ろしくてとうていできない政策だが、ドイツ語が話せ、ドイツに友人が多く、ドイツの事情に明るい白鳥市長だから、こんな大胆なことができたんだ。
由香
 どういうことだか、わかりません。習志野市の公共施設の大量建設と、ドイツと何の関係があるんですか。

 当時でも、これほど大胆に都市建設を推し進めた市は、それほど多くなかった。誰だって、莫大な借金を背負うのはこわいからね。しかし、戦争のあとには猛烈なインフレがくるという知識があればできるんだ。
由香
 インフレというのは物価があがることですよね。ガソリンの値段がもうすぐ2倍になるかもしれませんね。

 インフレというのは、貨幣の価値が下がることをも、いうんだ。インフレがどんどん進んでいるときは、借金をすればするほど、得をする。貨幣価値がすぐに下がるので、楽に返済できるからなんだ。
由香
 白鳥市長は、インフレについての確かな理論を、ご存知だったんでしょうね。

 ドイツでは、第1次大戦の敗戦後、ハイパーインフレが発生した。わかりやすくいえば、今1ドル、116円くらいだが、これが瞬く間に、1ドル、1兆円になったと思えばいい。
由香
 そうすると、輸入ブランド品を買うためには、財布の中には、何百兆円も、お金がなければなりませんね。

 そういうことが、ドイツでは本当にあった。しかし、逆に考えると、1兆円の借金があった人も、1ドル程度で返済できるんだから、借金は帳消しになったようなものなんだよ。こうすることで、国家が背負っていた借金を、消してしまったんだよ。
由香
 日本も、戦争中は国民から莫大な借金をしていたので、これもハイパーインフレで消してしまったということですね。

 ドイツは、日本より先に第2次世界大戦の連合国に降伏し、終戦を迎えている。戦後の復興は、それだけ早く始まっている。そして、再びドイツでインフレが始まっている情報が、白鳥市長にも入っていたことだろう。
由香
 莫大な借金をして、公共施設を次々に建設しても、インフレが進んで、貨幣価値が下落し、容易に返済できるだろうという見通しのもとに、このような大胆な都市政策を進められたというわけですね。

 習志野市は、浦安市についで面積の小さい市なのに、図書館が5つもある。公民館もたくさんある。こうしたことは、すべて白鳥市長が残した実績なんだ。
 それだけじゃない、戦争が終わって、空っぽになった、軍隊の跡地に、日本大学、千葉工業大学、東洋大学付属校、順天堂大学を誘致し、軍都を瞬く間に学園都市にしたのも白鳥市長だ。
 海を埋め立てたところは、どの市も工場を誘致したが、白鳥市長は工場の進出を拒否し、住宅街にした。これも先見の明があったといっていいんじゃないかな。
由香
 市制50年を経た今、白鳥市長の業績をいろいろ検証する時期にきているということも、言えるかもしれませんね。
 そろそろ津田沼小学校を離れて、すぐ先の信号のある交差点へ行きましょうよ。


posted by 絢 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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