2007年07月01日

国道14号46

由香
 爺さん、また新しいコメントが入っていましたよ。丹生(にゅう)神社を、タンセイ神社と呼んでいたそうですよ。

 前にも話したが、丹生神社は、江戸初期に、紀伊和歌山から、谷津に移住してきた織戸さんたちが、故郷の丹生都比売( にふつひめ )神社を、この地にも祭ったのが始まりじゃ。1655年の創建じゃと言われておる。
由香
 そんな漢字の多い神社は聞いたことがありません。

 関東ではあまり聞かんが、関西では高名な神社じゃ。
由香
 どこにあるんですか。

 総本社は、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある。国の重要文化財になっておる本殿4棟と楼門は、世界遺産にもなっている。
由香
 世界遺産の神社の末社ですか。

 いわゆる熊野古道という世界遺産は、「 紀伊山地の霊場と参詣道 」、が正式名称じゃが、その霊場の中に丹生都比売神社も入っておる。
由香
 世界遺産にもなっている、にふつひめ神社の末社だから、にゅう神社と読まなければいけないんですね。

 たんしょう神社とかタンセイ神社と読む人が多くなっているが、谷津の地(じ)の人なら、必ずにゅう神社と読むはずじゃ。
由香
 現在の建物はいつ建てられたんですか。

 市の発行している本には、文化8年(1811年)と書かれている。
由香
 約200年前の建物ですが、文化財には指定されていないんですか。

 文化年間の建物なら、市の指定文化財になってもおかしくないし、国の登録有形文化財にもできる。
由香
 どうして文化財にならないんですか。

 まず、市が建物の調査をして、建築様式や、棟札などの証拠から建築年代を確定し、図面を作る。そこから始めなきゃならんが、全くなされていない。
由香
 習志野市内の寺社で文化財になっているものは一つもありませんが、文化財としての価値がないからでしょうか。

 丹生神社と鷺沼の八剣(やつるぎ)神社は、同時代の建築といわれているので、この2社は市の指定文化財になってもおかしくない。久々田の東漸寺は、わしの調べたところでは、大正初期、大正3年頃の建築なので、国の登録文化財になる。菊田神社も、明治中期、明治29年頃の建築なので、国の登録文化財になる。
由香
 すくなくとも4件が、国や市の文化財にできるのに、どうしてならないんですか。

 過去の地元の文化を大事にしようという人が、行政の中にいないということじゃあなかろうか。なにしろ、市の課長級の人でも、タンショウ神社と言っているんじゃから。
由香
 それに、唯一、郷土資料館のない市ですからね。
posted by 絢 at 17:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。今更ですがコメント残します。
最近、神社に興味を持ち、御朱印集めをし出した折、地元の神社を思い出し、こちらのblogにたどり着きました。

私は谷津に住んでいますが、ずっと「タンセイ」神社と言っていました。親や祖父母もそう言っていました。
「にう」「にゅう」は読み方の揺らぎでしょうか?
谷津に住まう者として、こちらのblogは大変参考になりました。
またお邪魔させて頂きます。

Posted by masa at 2011年05月24日 23:56
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