2011年03月12日

津田沼11−12

由香
 爺さん、東北地方太平洋沖大地震の習志野市内の被害状況はどうでしたか。

 国道14号を境に、北側の旧市街は、地盤に別段のことがなかった。わしが、旧市街は砂地で、砂がクッションになって揺れを吸収してくれると思っていた通りの結果じゃ。ただ、古い建物は屋根が壊れているところがあった。
由香
 問題は、南側の昭和40年代以降に埋めたてられた地域ですよね。

 スーパーマルエツの南側の袖ヶ浦団地へ行くと、かなり多くの場所で液状化がおこっていた。地面のあちこちから砂が噴き出した跡があった。袖ヶ浦西近隣公園までずっと、液状化の跡が残っていたが、4階建ての団地の建物が傾いているところはなかった。
由香
 戸建ての方はどうでしたか。

 戸建ては、家の周囲から砂が吹き上げているところが多く、多くの家でスコップで砂を掘りあげていた。側溝の中が砂で埋まっているところも多かった。
由香
 1番被害が大きかったのはどこの地域ですか。

 香澄じゃ。香澄の戸建て地域は、ほとんどの家が液状化で砂が吹き上げていた。水道管も切れたのか、5箇所くらいで、マンホールから水が噴水のように吹き上げていた。道路に直径5mくらいの穴があいている場所もあった。ほとんどの家が砂掘りをしなければならない状況だった。
由香
 給水車が配車されたのは香澄だけですか。地震から、1日たっても水道が止ってたらしいですね。

 ほとんどの家の周囲から砂が噴き出していたので、将来的には、家が傾いてゆくんじゃあなかろうか。
由香
 香澄公園も立入り禁止になっていたようです。スーパーマルエツは、棚が空っぽになるくらい、商品を売り尽くしたそうですよ。

 団地の人達が食料を確保したんじゃろうか。
posted by 絢 at 15:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わいがや通りのお風呂屋さんの煙突が倒れましたね。
Posted by 5丁目散人 at 2011年03月13日 22:45
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