2011年03月23日

津田沼11−15

由香
 じいさん、その後の被災状況の話はありますか。

 特にはない。幕張メッセは埋立地であるにもかかわらず、重要な部分には被害がなかったという話じゃ。高層ビルを林立させるについて、地盤をかなり強固に舗装したようじゃなあ。周辺の、千葉マリーンスタジアムやマンション街、公園、海浜幕張駅は液状化しておるようなのに。
由香
 千葉ロッテマリーンズのオープン戦やメッセのイベントは中止になったようですよ。
 それにしても、地震発生後、じいさんの過去の「大正6年の大津波」の話は、たいへんなアクセスでしたね。

 地震発生日の11日から昨日の22日までで、2500件のアクセスがあった。今でもこの話だけで、毎日200件以上のアクセスがある。
由香
 東京湾で過去に大津波の被害があったということをブログで詳細に記録している人が、じいさんくらいしかいなかったということですね。

 そんなこともなかろうが、現在では誰も知らない過去の事実を、話しておいてよかったと思っている。かなり多くの方に高潮の話を聞いていただいたようじゃ。
由香
 同じ期間の総アクセスが5500件くらいですから、関連も含めると3000件以上のアクセスが、東京湾の津波の話に集中したようですね。 
 詳細は、すぐ左のサイドバーの「大正6年の大津波と津田沼」をお読みください。
posted by 絢 at 18:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大正6年の津波の話を読ませて頂きました。

私(60歳)の亡き母は、かなり前に長兄に聞いたのですが昔、津田沼にすごい津波があり母の家族は全員亡くなってしまい母は親戚に育てられて父と結婚したとの事でした。父母、長兄も亡くなりもう話は聞けません。

親戚が、香澄にすんでいて液状化現象があり砂が浮き上がり近所同士で砂を集めて市役所の方がトラックで運んでいたようだとの電話がありました。
Posted by yss at 2011年03月24日 23:20
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