2011年07月09日

津田沼11−31

山門のない東漸寺

由香
 これは東漸寺の正面の写真ですね。わいがや通りから撮ったものですね。

 鉄筋コンクリート製の山門が、よほど激しく揺さぶられたのか、亀裂が入って危険な状態になったので撤去されてしまった。その状態の写真じゃ。
由香
 正面に見える木造の本堂や、左端に一部見える釣鐘堂はなんともなかったのに、一番新しい山門が被害を受けたんですね。

 長い歴史のある木が、建築材料としていかに優秀かがよくわかるね。
由香
 次の写真は東漸寺の墓地ですね。

東漸寺の墓地


 全く墓石が倒壊していない。古い墓石をピラミッドのように積み上げた山もなんともない。
由香
 下から突き上げるような衝撃があれば、墓石は倒壊するかもしれませんが、左右に振り回すだけのゆれでしたから倒壊しなかったんでしょうか。

 宝筺印塔(ほうきょういんとう)という石を積み上げていく形式の墓石でも全く変化がなかった。
由香
 個人の家の灯篭はたくさん倒れていましたが、灯篭は極端に重心が高く、不安定な形ですから倒れたんですね。重心が低ければ、つまり下に大きな石があって、上に行くほど小さくなっていく形式の墓石は倒れなかったんですね。

 習志野市の近隣では墓石は倒れなかったが、7キロか8キロしか離れていない、船橋市の内陸の二和(ふたわ)や三咲では墓石が倒壊したと聞いている。
由香
 ゆれにかなりの違いがあったということですね。
posted by 絢 at 07:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同じ埋立地でも場所が少しずれているだけで
被害の差はとても激しいですね。
特に秋津地域は大変ですね・・・。
Posted by クウ at 2011年07月09日 22:45
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。