2013年02月11日

津田沼13−05

由香
 じいさん、今日は11日ですよ。あと1ヶ月で東日本大震災から2年になりますよ。

 早いもんじゃなあ。もう2年か。由香ちゃんも当日のことは良く覚えておいた方がいいよ。まだ若いんじゃから。
由香
 どうして私が良く覚えてなくてはいけないんですか。

 なにしろ貞観地震以来という地震じゃ。1100年以上前の話じゃ。こんなすごい大震災を体験したということは貴重な経験じゃ。
由香
 そうなんですか。

 もう15年も前の話になるじゃろうか。当時老齢の弁護士さんから関東大震災の話を聞いた。
由香
 関東大震災は大正12年、1923年9月1日の地震ですね。防災の日になっていますよ。

 その方は当時中学生で、伊豆の韮山に住んでいたそうじゃ。
由香
 伊豆は震源地に近いですね。すごくゆれたでしょうね。

 当時学校の校庭にいたそうで、校庭が波打っているのを見たということじゃった。
由香
 関東大震災の話を体験者から直接聞いたんですね。

 関東大震災を直接体験した人がまだ生きていたんだ。すごいなあと感動したんじゃ。その方は91歳で亡くなられたが、テレビなどがない時代の体験談だっただけに感動したよ。
 もし由香ちゃんが80歳、90歳まで生きて、東関東大震災の話を若い人にしてあげたら感動されると思うよ。
由香
 今は、テレビがありますから津波の映像は今後永く放映されることでしょう。体験談なんて感動されませんよ。

 そんなことはないと思うよ。千年に1度の大震災を体験した人がまだ生きているんだと思われるくらい長生きしてほしいなあ。
由香
 当時津田沼小学校の3年生だった女の子の話を記録しておいてあげましょうか。
 学校が終わって帰宅途中に菊田公民館のところにきて、公民館前の車がゆれているのを見たそうです。一緒に帰っていた友人に車がゆれていると言ったところ、そんな馬鹿なことがあるわけないといって笑われたそうです。

 公民館前の坂を下るとすぐにわいがや通りの信号の前に出るな。
由香
 信号のところにくるとみはし湯の前の電柱が倒れかかって、ゆらゆらしているのを見て、これはたいへんな地震だと思って、友人と走って帰ったそうです。家についてからも5分くらいゆれが続いていたそうです。

 みはし湯の煙突が倒れて電線を引っ掛けた。その力も加わったためか銭湯の前の電柱と道路反対側の電柱だけが東に大きく傾いていた。
由香
 結局この2本の電柱は取り替えられましたね。それ以外の電柱に、被害はありませんでした。しかし、電柱は大きくゆれたでしょうから、その間を走って帰って行くのは怖かったでしょうね。自分の頭の上にも倒れてくるんじゃあないかと思わせたでしょうからね。あの2本は。
 電柱だけではなく、商店街の街路灯もありますから、それらがいっせいにゆれている間を駆け抜けるのは怖いと思いますよ。

 そういう地元の体験談が聞く人を感動させるんじゃ。せいぜい長生きしてくだされや。
posted by 絢 at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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